気道が閉塞されるということは
首を絞められるとどうなるか
首を絞めるとどうなるか、は昔から多くの研究者が著作を残しており、法医学の教科書にも詳述されている。
頚部の構造を考えてみると、空気の通り道である気道(気管)、血液の通り道である血管(動脈と静脈)、軟部組織(筋肉、皮膚、甲状腺等)と骨があるわけだが、空気と血液について考えてみる。
1.気道閉塞
気道が閉塞されるということは、肺の換気が出来なくなるということであり、結果的に肺でのガス交換が出来ない、即ち酸素を取り込めない状態になる。
肺胞レベルでのガス交換は主に拡散によりほぼ瞬時に行われる。
(通常の換気では、肺胞レベルでの血液通過時間は0.75sec、酸素分圧がプラトーになるのは、その内0.25sec.であり、ガス交換によって静脈血(PO2=40mmHg,PCO2=46mmHg)が動脈血(PO2=100mmHg,PCO2=40mmHg)に酸素化される。)
通常、肺内の空気量、酸素分圧、血液中の酸素量から予備酸素量として体内には1.2Lの酸素が存在する。
(肺内の空気量;6L、酸素分圧;14%なので肺に0.7L、全身の血液量;5L、酸素分圧;10%なので血液中に0.5Lの酸素が存在する)
酸素消費量は250ml~1000ml/min なので1~5min.分の予備がある計算になる。
(息こらえや素潜りできる時間に相当する)
一方、気道閉塞いわゆる窒息死体などに見られるチアノーゼという症状は血液中のデオキシヘモグロビン(還元ヘモグロビン:酸素化されていない状態)が5g/100ml以上になった状態をいう。
(中枢型チアノーゼの動脈血酸素分圧低下の場合を考えるので、末梢型チアノーゼの血流障害は考えない。)正常静脈血の酸素飽和度は75%なのでデオキシヘモグロビンは25%である。
従ってヘモグロビン15g/dlの人では、デオキシヘモグロビンが5g/dlになる酸素飽和度は66%(Hbが10g/dlの場合は50%)である。
血液の酸素化が出来ない状態だけを考えると、肺循環量=体循環量だから、約1分間で動脈血が静脈血と同じ酸素分圧になる。
従って酸素解離曲線を考えても、換気のみ停止した場合にチアノーゼが発現するのに要する時間は約75秒となる。(酸素化の障害だけを考えた場合)
ウサギを用いた気管閉塞実験でもPaO2の低下は、40秒で50%、75秒で33%、3分で11%とされており、概ね計算に合致する。 尚、気道を閉塞するのに要する力は約15Kgとされている。
2.動脈閉塞
頸部の動脈は左右に内外頸動脈、椎骨動脈があり脳及び顔面に動脈血を供給してる。
血流量は心拍出量の約17%、約1000ml/min であり、上腕への血流量もほぼ同等である。
脳への血液供給が途絶されると当然ながら神経機能が障害を受け、神経細胞の非可逆変化は5~6分で起こるとされている。
また、意識障害などの脳虚血症状はすぐに起きる。例えば脈拍が停止するような状態になった患者さんは「すーっと暗くなっていった」という表現をする。
内頸動脈血流遮断試験時の脳血流動態からは、内頸動脈平均内圧の低下によって遮断側大脳半球の広範囲で局所脳血流の低下(特に中大脳動脈領域)が惹起され、それが45mmHg以上では自動調節能によって灌流が維持され、短時間の急性血流遮断で脳虚血症状が発現する閾値は15~18ml/100g/minと考えられている。
尚、頸動脈を閉塞するのに要する力は3.5~5kgとされている。
3.静脈閉塞
頚部の静脈系も動脈同様内外頚静脈、椎骨静脈系からなり頭部の血流を還流してる。頭部の病的静脈閉塞は静脈洞閉塞としてS状静脈洞、横静脈洞他各所でまた各種原因で起こりえる。CT,MRIの発達に伴い明らかになることが多くなっており、何れも完全閉塞ではないが頭蓋内圧亢進症状が主体である。
頭蓋内の組織は脳実質(支持組織を含めて)80%、血液と脳脊髄液は各々10%の割合で、これらの成分が非圧縮性であれば頭蓋内容積は常に一定である。
血腫などで容量が増えた場合、血液や脳脊髄液が頭蓋外に排除されれば緩衝作用として働き頭蓋内圧は上昇しない。
頭蓋内圧容量曲線から頭蓋内生理的代償能力の限界点は15mmHg(≒200mmH2O)であり、これを超えると頭蓋内圧亢進と考える。
完全に静脈潅流が無く、動脈血が流入した場合には1分間に約900mlの血液が貯留していくことになる。
脳灌流圧(平均動脈圧-平均頭蓋内圧)が40~50mmHg以下になると頭痛、呼吸脈拍異常、意識障害が生じ、次に血圧上昇、徐脈、呼吸異常、昏睡から脳ヘルニアに至る。
脳灌流圧が50mmHg以下になる頭蓋内圧上昇には頭蓋内容積の5~7%程度の変化があれば良く、10秒程度で起こり得る。
脳脊髄液等による緩衝作用の時間も勘案すると約30秒で脳灌流の障害が発生することになる。
尚、頚静脈を閉塞するのに要す力は2~3kgとされている。
こうして考えてみると、教科書に出てくる窒息の症状は、主に静脈は閉塞することによって生じていると解釈することができる。
動静脈等を閉塞するのに必要な力 重量
carotid artery 5kg*
vertebral artery 30kg
jugular vein 2kg
trachea 15kg
*:頭の重さに相当
vertebral (internal) venousplexus は解剖学的理由により閉塞しない。
マンシェットを用いた場合20mmHgで結果が求められるため、20 mmHg = 0.02719 kg/cm2 であるから、 110 cm2 ≒ 3 kg となる。
手のひらの面積が120~140cm2 なので、握りやすいように首回りくらいの大きさで、少し加圧した(20~40mmHg程度)マンシェットを20mmHgだけ圧が上昇するように握ると大体3kgの力が頚部に加わった計算になる。同様に6kgなら40mmHg、15kgなら100mmHgの力を加えてみるとよい。実際にやってみると、動脈や気管を閉塞するには、かなり強い力と時間が必要なことが理解できる。対して静脈の閉塞が」容易であることも判る。